日記。23/1/2(月)
2023年1月2日
2023年1月4日
今日はお昼から来てくださいと言われてるのでのんびり起きた。
10時ぐらい
ほんでお笑い番組を朝食を食べながら見てたら病院から電話がかかってきた。
恐る恐る出ると、酸素の量が減ってきたので今すぐ病院に来て欲しいとの電話だった。
すぐに着替えてどうやって行くかと逡巡するも、今からタクシー呼んでも来るまでに15分、移動に20分かかるなら自転車で行っても変わらないと決断して自転車で行くことにした。
思いっきり漕いでるけどお姉ちゃんが「でも結局、自転車で帰ってる感じする」ってお気楽な感じで
悪いことの8割は当たらないって言うし
んで病棟に着くや先生が付き添いの手続きをするってんでPCR検査をすることになった。
鼻に綿棒を差し込むやつ。
痛かったけど一瞬だった。
んで5分待つと陰性の確認が取れたので病室に行く。
個室に、ナースステーションに1番近いとこに移ったんだって
入ると先生から鎮静剤で起きてるとも寝てるとも分からない状態です。でも耳は聞こえるので話しかけてあげてくださいねと説明されて病室に3人きりになる。
薄目を開けてどこを見てるかもわからない様にただ呆然とした。
話しかけてあげてくださいねとは言うけど何話すこともなくただ傍にいた。
しばらくするとおじさん(宗教)からも連絡があって、割とすぐに来てくれたけど、PCR検査受ける話になったけど主治医の先生が緊急外来の対応してて1時間ぐらいかかるってんで1度帰った
看護師さんがお昼どうします?と尋ねてきたので外で買ってきますと2人で出ようとしたら、どちらか片方は付き添ってあげてください。万が一もあるので、と
お姉ちゃんが病院外のコスモスに買いに行くことになった。
そこから2人きりだったので取り留めのない話をした。
猫が昨日の晩に変に甘えてきたこと、新年すぐに猫のオシッコの処理をしたこと、お姉ちゃんの作る料理のこと、今日は病院が忙しいねぇなんてそんな話。
看護師さんがやってきて痰を取らせて頂きますねと言って吸引を口に当てると、やっぱり痛いのか口を閉ざす仕草を見せる。
ごめんねーごめんねーと言いながら取り終えてくれた。
看護師さんによると朝の段階で血中酸素が70を切ってたんですが、今は90台と大分回復しましたね。とのこと
お姉ちゃん遅いなぁと思う頃に、あの良くしてくれるおじさん(Kおじさん)から容態はどうだ?と連絡があって
病棟のエレベーターホールまで行くから少し話をしようと言われたので良い時間でオカンに「ちょっとエレベーターホールで話してくるね」と告げてエレベーターホールに向かった。
外を見てるとお姉ちゃんがこっちに帰ってきてるのが見えた
んでKおじさんと状態は良くないですね~とか撮った写真を見せると、俺を写真に撮って見せてやってくれと写りたがらないKおじさんが珍しくそう言ってきた。
カメラを向けて良いですね~なんて言ってると病室の方から看護師さんが走ってきて
「息子さん!息子さん!心臓が止まったので早く!」
と言われた。
一瞬、理解できなかったけど促されるまま病室に入ると心電図が0の表示だった。
オカンが亡くなった。
状況はわかるけど頭がついていかないけど涙は溢れる
誰も死に目に会えなかった。
5分も離れてなかったのになぁ
わたわた泣いてるとお姉ちゃんも帰ってきた。
俺の認識ではこんなにボロ泣きしてるのは初めて見たかもしんない。
ほんで、しばらくしておじさん(宗教)も駆けつけてくれた。
やっぱり目に涙を浮かべてた。
エレベーターホールにKおじさん放ったらかしだと思ってちょっと病室から抜け出してエレベーターホールに行くと待っててくれていた。
すでに涙ぐんでいたけど亡くなった事を伝えるとボロ泣きしてくれた。
3人でずっと闘病してきたんだから最後の最後にここまでしか会えないってのは酷だな
ありがとうございました。と頭を下げて見送った。
ここからはうる覚えなんだけど、体を綺麗にする作業が入るので待合室に移された。
なんかおじさんが言ってたけど喪失感もあって覚えてない
綺麗になりましたよ~と看護師さんが伝えにきてくれたので病室に行くとパジャマを着せ替えてもらって、亡くなったとは思えない。
普通に胸の辺りが上下して呼吸しているみたいな錯覚に陥る。
んで荷物の整理をした。
紙パンツとか尿とりパットは病院で引き取ってくれないかと言うと、いいんですか~?と了承してくれた。
んで葬儀屋の人が来てくれて段取りを話し合った。が
葬儀会場が遠い場所しか空いてなかったと言われおじさん(宗教)が遠い場所は嫌だなと苦言を呈したので、近場で空いてる会館を探す作業になった。
つっても何処も埋まってるらしくしょうがないのでもう来てくれてる葬儀屋さんに頼もうと話を出したら、葬儀屋が本社に掛け合ってくれたらしく、割と近場に空いてる会場を抑えてくれてたのでそこでお願いした。
看護師さんといい、葬儀屋さんといいオカンは病気になって知り合う人に恵まれてる気がする。
んで荷物を持って遺体を葬儀屋さんに預ける
その際にお姉ちゃんが葬儀屋さんと同上して、俺は荷物と着替えを取りに一旦、自宅によることに
おじさんも一旦帰るってことだけど自転車で病院に来てくれてた。
1度帰ってたらしいけど2往復したんか?
無理くり荷物を背負って家路に向かって自転車を漕ぐ。
色んな感情でグシャグシャになってた気がする
んで家に着いてお姉ちゃんの待つ会館へ向かう。
会館に入るとお姉ちゃんと葬儀屋さんがスケジュールの打ち合わせをしていた。もう俺の書類書き待ちだったらしい。
言われるがままに書類…というか死亡届を書く。
必要になる時があるので、と多めにコピーして頂いた。
喪主に自分がなるって不思議な感覚。
んで宿泊するにあたって会館内を案内してもらう。
建てられたばかりらしくどこもかしこも真新しい。
一通り案内してもらって葬儀屋さんは帰宅した。
ここでオカンの傍に寄ってみる。でも顔にかかった布を取る勇気が出なかった。
まぁなんだかんだ後で取ったけど
特にすることも無い時間なのでオカンの携帯から付き合いのあった方にも連絡をいれる。
みんな頑張ったねとかありがとうとかの言葉を投げかけてくれるのが嬉しい。そしていちいち泣く俺
亡くなったのは悲しいけど、反面、これで楽になったねっていう安堵感もある
最後の入院の時にこの状態で退院したら介護申請とか老人ホームとかの手続きを考えるので頭が痛かった。
ちょうどそのタイミングで、自宅介護で両親を殺した60代男性がニュースで流れて、自分の成れの果てかもしれないって思った。
どこかで書いたけど自宅介護はほとんど誰も得しないと思います。
だから病院でスっと亡くなったのは最後に負担掛けたくないっていう優しさだったのかも。
まぁーー死人になんとかだから前向きに考える事にしてます。
なんて話をお姉ちゃんとしてたら、今日は疲れたから明日線香あげに行くわと先ほど話したおじさん(宗教)から
「やっぱり線香上げねぇと落ち着かねぇわ」と今から来るだって。
そして22時30分に会館にやってきて線香を上げてくれた。
んでイスに座って雑談を初めて現在、3時50分。
一旦家に帰らねぇととは言うもののずっーーーーーーーーと喋ってます。
高田純次が歳とったらしない事で自慢話、昔話、説教を言ってたけどこのおじさん(宗教)はコレしか話さないからタチが悪い。
最近は病気(不調)話が追加された。
最初は俺も聞いてるフリをしてたけど流石に飽きたんでスマホ触ってると流石に目に付いたのか「スマホ触ってて楽しい?」って聞いてきた。
楽しいですよと答えたらスマホのブルーライトが目に1番悪いとか言い出したのでFGOの周回に戻った。
んで唐突に「お前ん家に18きんあるか?」って聞かれた時におじさん宅のビデオデッキの横に熟女物のアダルトVHSがあったのを瞬間的に思い出して
「…無いです!」って答えたら18金のことだったらしい。
どちらにしても無ぇけどな
――――――現在、4時33分。
おじさん帰りました。
僕も明日に備えて眠ります。おやすみなさい